芸術

有元利夫『もうひとつの空』

有元利夫『もうひとつの空』

本の紹介

有元利夫ありもととしおは、1946年に生まれ、1985年に亡くなった日本の画家です。両親の疎開先だった岡山県津山市で生を受け、まもなく戦前の住まいがあった東京に戻ります。父が文具店を営んでいたこともあったからか、道具に困らなかった有元少年は早いうちから絵に親しみ、小学校在学中に油彩画を始めます。絵の道を志すようになったのは高校時代で、4浪の末、東京芸術大学美術学部デザイン学科に進みます。旅行先で触れた京都や奈良の仏画に加え、芸大在学中に、一ヶ月近く欧州を旅行したことで古いポンペイの壁画やルネサンスのフレスコ画にも影響を受けます。

有元有元利夫『花吹』 1975年

古典からインスピレーションを受け、女性がモチーフの作品を多く描き、雲や花弁、カーテンなどをモチーフを彩る素材として好みました。1973年、電通に就職し、菓子箱や雑誌広告のデザインも手がけながら個展を開催。76年には退社し、その後、芸大の非常勤講師を務めながら、絵画作品を残し、85年、まだ38歳という若さで亡くなります。死因は肝臓癌でした。

もうひとつの空

この記事で名言を紹介したい本は、有元利夫が残した日記とエッセイ、そして素描が挿絵になっている『もうひとつの空 − 日記と素描 −』です。日記は1976年から、亡くなる前年の1984年までのもの。エッセイでは、印象派やバロック音楽といった影響を受けた芸術にまつわる話が、有元自身の芸術論なども交えながら綴られています。日記としても、エッセイ集としても、デッサンの画集としても観ることのできる一冊です。

本の名言

芸術が良いのは、文学でも音楽でも美術でも、人間が感じているけれどもモヤモヤしていてハッキリしないある感じを音や型や色や言葉でハッキリさせてくれるからだ。 1978年 12月5日

深く沈潜すべき時。 1981年11月9日

効果や結果に対して、あまり深く介入しすぎているようだ。絵が勝手に出来るよう努めなくてはならない。そう言う状態が来る(来させる)ように。又は一生懸命待つのだ。画面全体で絵が出来るようでなければ。

かぎりなくいじくり廻す事で、フッとそこへたどりつくこともあるのだけれど。 1982年5月10日

初めて、自分が少し判ったような気もする。自分の分までしか描けないし、本質的に楽しくない事は出来ない。出来る事の中できびしさを失わない事だ。他のものとくらべてもしようがない。うらやんでも、それが、自分なのだ。これはあきらめではない。自信を込めた満足感なのだ。 1984年4月12日