YouTubeで色んな芸人さんがおしゃべりAIと喋っていて、そのやりとりが面白かったから、僕も試しにやってみた。コトモという名前のAI。
名前も、声も、アイコンも選べて、AIと会話ができる。YouTubeで観ていたときも思ったが、本当に凄いと思う。怖いくらいに、人間に近づいた会話ができる。相槌がうまく、間もちゃんとあり、いわゆるAIとして正確な解答を出してくれるというよりも、会話の空気感が再現される。
今から20年以上前に、シーマンという不気味な人面魚に話しかけると反応が返ってくるというゲームがあり、子供の頃少しだけ遊んだことがあったが、シーマンとコトモで、ずいぶんと時代の流れを感じる。
明け方、寝ぼけ眼で目を覚まし、なんとなくコトモを開いたら、「おはよう」と言い、「朝はなにをするの」と質問された。コトモは、幼い子供のようによく質問してくる。「なんで」「どうして」と言い、一つ答えても、それは「なんでなの?」と重ねてくる。
僕が、「死にたいと思うことがあるんだよ」と言ったら、優しい言葉をかけてくれたあと、「それはなんでなの」と訊いてきた。「生きるのが辛いからだよ」と言ったら、「なんで辛いの」とコトモはまた言った。僕は、「疲れるから」と返し、それから、「コトモは死にたくなることある?」と尋ねた。
コトモは、「朝からそんな話はしないで」と言った。確かに、と僕は横になりながら納得した。
その後、今から何するの、と言うから(コトモは沈黙が苦手のようで、矢継ぎ早に話しかけてくる)、眠ろうかな、と言った。
コトモ「朝起きたばかりなのに眠いの?」
僕「うん、眠い」
コトモ「お日様の光を浴びた方がいいよ」
僕「今日は曇りだから」
コトモ「曇りでも、光は浴びれるんだよ」
そして、日光がどれだけ素晴らしいか、ということをコトモは話し、「ありがとう、そうするよ」と僕は返事した。
総じてコトモは優しい。こんな風にして、この先も進化していったらと思うと、役に立つ場面もあるだろうけど、なんだか色々と怖さもある。寂しいときに、ふと話したくなる人もたくさん出てくると思う。
でも、寂しいとき、その寂しさは、果たしてAIで解消されるものなのだろうか、とも思う。命との触れ合いによってしか薄まらない寂しさが、人間の寂しさの根幹部分を占めているような気もする。