本の言葉

養老孟司と手入れと里山

養老孟司と手入れと里山

日本の解剖学者である養老孟司さんは、しばしば「手入れ」の思想ということについて語っています。手入れといえば庭の手入れといった言葉が思い浮かびます。手入れは、日本人が自然と向き合う際の文化的な姿勢であり、自然の世界を認めながら人間が手を入れる。そして、その結果が、里山の風景だと養老孟司さんは言います。全くの野放しではなく、自然のルールを尊重しながら、人間が手入れをする、こうした環境が、生き物がもっとも豊かで、人間も住みやすい環境になるそうです。一方で、都市社会とは、自然の世界を人間が支配し、完全に人口化した空間のことです。都市空間は、誰かの頭のなかで設計した言わば脳化社会であり、その空間にある観葉植物のような自然を養老孟司さんは「自然とは呼ばない」と言います。この都市と対比されるのが、人間が一切手を入れていない原生林。この中間に里山はあり、日本人の祖先は、手入れの思想によって自然と向き合ってきたと言います。

里山は自然のまま存在するのではなく、人間が下草を刈り、枝をはらうことによって保たれることのできた「手入れ」された自然だった。(「手入れ文化」より)

この手入れの思想は、庭や植物だけでなく、お化粧や子育てなどにも当てはまります。子供は、言ってみれば人の自然です。子供も、放っておけば野生児になってしまいますが、過干渉や力づくでコントロールしようとしても思い通りにはいきません。子供の無邪気さを大切にしながら、心を込めて手入れをする。これ以外になく、自然と同様、人間の力で思い通りにしようとすると、たとえ一時的には言うことが聞かせられたとしても、色々と別の問題が噴出するでしょう。また、これは身体という自然についても同じことが言えるでしょう。その背景にあるのは、日本人にとって自然というものが決して人間の思い通りにはできない大きな力であるという自然観があり、「手入れ」をさせていただく、という思想があるからなのです。