歌詞考察

RADWIMPS「有心論」歌詞の意味と解釈

選出楽曲は、色々な解釈が可能でかならずしも失恋ソングに限らない曲も含め、悲しみに合う曲となっています。

RADWIMPS「有心論」歌詞の意味と解釈

RADWIMPSの曲で、僕が最初に出会ったのは「有心論」でした。

バイト先の先輩がカラオケで歌っていたとき、画面に流れてくる歌詞があまりにも哲学的で、意味はよくわからなかったものの不思議と胸を打たれ、そこからよく聴くようになりました。

この曲は必ずしも失恋ソングとしてだけ解釈できるものではないかもしれませんが、深く心のありかを歌ってくれているようで、悲しいときに響く気がします。

そんな「有心論」について、歌詞の意味や解釈を交えながら考察したいと思います。

自己否定的な眼差し

冒頭は静かな曲調と歌声で、そっと始まります。

今まで僕がついた嘘と
今まで僕が言ったホント
どっちが多いか
怪しくなって探すのやめた

自分の中の嫌いなところ
自分の中の好きなところ
どっちが多いか
もう分かってて悲しくなった

RADWIMPS「有心論」

とても内省的な歌詞で、いきなり不意をつかれるように入り込んできます。

生きていくなかで、嘘をつくこともあるし、本心を言うこともある。どれだけ「嘘はつかない」という人でも、改めて考えてみたら、本当に「本当のこと」ばかりをしてきたかと言えば、それも怪しいのではないでしょうか。

そういったことを考え始めると、よくない沼にはまり込むような気がしたのか、考えるのをやめます。

一方で、自分の好きなところと嫌いなところについて、どちらが多いかは、もうすぐに答えが出てしまう。自分の嫌いなところのほうが多い、ということなのでしょう。そして、それが悲しかった。

こんな風に、自己否定的な眼差しから「有心論」は始まります。

人間不信者と人間信者

その後に続く歌詞では、人間不信な彼の様子が垣間見えます。

どうせいつかは嫌われるなら
愛した人に憎まれるなら
そうなる前に
僕の方から嫌った僕だった

RADWIMPS「有心論」

これは、過去の恋愛のトラウマもあるのでしょう。恋愛においてどれだけ必死に愛しても、結局最後は嫌われる、憎まれる、ということがある。

それほど人の感情というのは一筋縄ではいかず、難しいものがあります。特に距離が近いほど、そういった複雑さが生まれます。そして、そんな経験が重なるともう疲れてしまう。どうせいつかは嫌われる、だったら最初から自分が嫌いになってしまおう。そうして人間不信になっていく。

でも、そのすぐ後に、人間不信者であっても、心の底で、いつかは誰かを求めて愛されたいと望むのなら、「自分から愛してみてよ」という歌詞が続きます。これは、その後のサビで歌われる、君の台詞のようにも聴こえます。「愛してみてよ、と──」

君があまりにも綺麗に泣くから
僕は思わず横で笑ったよ
すると君もつられて笑うから
僕は嬉しくて 泣く 泣く

RADWIMPS「有心論」

ずっと人間不信だった僕が、君と出会って、君は——いつかは愛されたいと願うのなら、心の底に愛されたいという思いがあるのなら、勇気を出して愛してみてよ——そんな風に言いながら、綺麗に泣いたのでしょう。

それがあまりに美しくて、僕は思わず笑ってしまった。そうしたら、その笑顔につられて君も笑って、そんな風に笑い合えた瞬間が嬉しくて、泣いてしまいます。

こうして君との出会いによって、人間不信者は明日を夢見る「人間信者」になります。

君は人間洗浄機

そんな君は人間洗浄機だと歌います。この「人間洗浄機」とは、君と一緒にいること、君と会話をすることで、自分のなかの憎しみや不信感といったものが洗われていく。汚れが落ち、澄んだ心が見えてくる。そういった意味が込められた比喩だろうと思います。

この人と話していると、自然と心が落ち着く、自分のなかの嫌な感情がすっと消えていく。そういった存在(人であったり、動物であったり、あるいは草花かもしれません)が身近にいるかもしれません。「人間洗浄機」とは、まさにそういった一緒にいるだけで心が清らかになる、そんな君のことなのでしょう。

そこからはもう、この人間洗浄機はみんな持ったほうがいいよと、君は世界初の肉眼で確認できる愛で、地上の神様だと、若々しいテンションで歌い上げます。

神様と君

ここからの歌詞は、とても解釈が難しい部分です。

誰も端っこで泣かないようにと
君は地球を丸くしたんだろう?
だから君に会えないと僕は
隅っこ探して泣く 泣く

誰も命無駄にしないようにと
君は命に終わり作ったよ
だから君がいないその時は
僕は息を止め 待つ

RADWIMPS「有心論」

この「君」というのは、神様のような君のことなのか。でも前半部分は、本当の神様のようでもあります。ここには二つの「君」がいるのかもしれません。いわゆる神様と、大切な愛する君。

その君が、誰も端っこで泣かないように地球を丸くした。これが本当の神様の話であれば、そのままの意味ですが、もしここでも大切な愛する君のことを指しているなら、君が一緒にいるときは地球は丸く、端っこがなくて、泣くこともない──ということなのでしょう。

でも、そんな君がいなくなったら、地球は丸くなくなる。そして僕は、隠れるように一番端っこを探してひきこもるように泣く、ということかもしれません。

このあとにある、命を無駄にしないように命に終わりを作った存在に関しても、本当の神様のようにも読めます。そして、君がいなくなった世界では、自分はただ息を止めて待つのだと──君のいない世界にはもう意味がないと、それほど深い愛とも依存とも言えるような状態になっています。

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いなくなった君は「心」にいた

端っこを探して泣いたり、息を止めて待ったりと、君がいなくなりそうになるたびに不安のあまり情緒不安定になる様子が伺えます。そのたびに君はいつでもここに来てくれていたのに、もういなくなってしまった。

するとね君は
いつでもここに来てくれたのに
もうここにいない いない

RADWIMPS「有心論」

こうして、君のおかげで人間信者になっていた僕は、あっという間に死へと意識が向かうようになる。

体というのは調子が崩れて初めてその存在を意識するもの。ある意味ではそれと同じように、息を止めてみたとき、心臓の存在もふと立ち現れてくる。この心臓を「心」と捉え、その心を開いてみたら、そこに君がいた、と歌われます。

これは、実際に息を止めたというニュアンスだけでなく、何もかもを閉ざしてみたのかもしれません。すべてをシャットアウトして、暗闇の世界の中でひとり浮かんでいた。

そのとき、そこには心があり、その心を開いてみたら、君がいた——とも取れます。

目の前にはもう君はいない。でも、君が与えてくれたもの、君の思い出、そういったものは自分の心の中に存在している。そしてその心臓(心)から、全身に向かって「今日も生きて」と血液が送られていく。

君との出会いと別れを心に抱えて、今日も生きていく。「有心論」は、そんな失恋ソングとして捉えることもできるのではないでしょうか。

ちなみに、タイトルの「有心論」は、「神様が存在する」という主張である「有神論」をもじったもので、神様は信じていないけれど自分の心は信じている、という野田さんの考え方に由来するようです。

 

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