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『あひるの空』結末を“ネタバレ”させる手法

漫画『あひるの空』

バスケ漫画『あひるの空』を、最近改めて読み進めている。「改めて」と言うのは、あひるの空は、連載開始当初から熱心に読んでいたものの、20巻〜30巻くらいで挫折し、以来、ずいぶんと長いあいだ読んでいなかった期間があったのだ。

あひるの空は、車谷そらという身長がとても低い高校生シューターが主人公のバスケ漫画で、2004年から週刊少年マガジンで連載が始まっている。もともとバスケをやっていた頃にシューターのポジションだった僕としては、シューターに光が当たる漫画は嬉しかったし、第一巻の「これが僕の翼です」という空の台詞には、衝撃的に感動した覚えがある。

日向武史『あひるの空』〈1〉「これが僕の翼です」

シュートフォームの描写も美しく、絵の雰囲気も好みで、心に響く台詞も多いことから、個人的にはスラムダンクよりもあひるの空のほうが自分に合っているバスケ漫画だなという感覚があり、それまで単行本を全巻持っている漫画の一つでもあった。それなら、なぜ途中で挫折したかと言うと、自分の体調の問題や、色々と私生活で忙しくなったことに加え、確か、登場人物が次々に出てきたことで、ちょっと整理が追いつかなくなったというのも理由にあった。だから、一応物語の途中までは読み進めていたものの、後半くらいからは記憶も曖昧で、うっすらとしか覚えていない。そのため、一度読んだ部分も含めて、久しぶりにあひるの空を読み返しつつ、まだ漫画そのものは完結はしていないようなので、ひとまず現在出ている巻まで読み進めていこうと考え、数日かけて読みふけり、昨日ついに読み終わった。

その上で、読み終わったばかりの記憶を頼りに、あひるの空全体の感想をざっくりと書いてみたいと思う。

 

読み終わっての感想

まず、漫画自体が面白いことは変わらなかった。一人一人のキャラクターも魅力的だし、随所に出てくる台詞の外のやりとり(吹き出し外の言葉)による笑いの部分も個人的には結構はまっている。作者の人と笑いのツボが合うのだろうなと思う。

一方で、案の定、複雑さは、どんどん増していった。登場人物が多いだけでなく、登場人物たちの背景も細かく描かれるので、読めば読むほど、この世はなんて複雑なんだ、と思えてくる。普通、こういう漫画だと、あくまで主人公チームが主役で、大会の序盤に対戦する高校は端役的な存在であり、あっという間に試合が終わったり、いちいち登場人物や、そのチームの物語を描いたりはしないように思う。でも、あひるの空の場合は、結構きっちりとその都度描いている。これは、作者の日向さんが、たとえトーナメントで早くに負けていくチームであっても、それぞれの物語があるんだということを大切に描きたいという想いが強いのかもしれない(作者の方自身はバスケの部活経験者ではなく、高校時代にボート部でインターハイに出場している)。その一人一人への思い入れは伝わってくるものの、たくさんの人が登場し、名前や顔を覚えなければならず、それぞれの背景もあり、正直、僕の頭ではちょっと複雑かつ広がりすぎて見えづらい構造になっていたように思う。

加えて、時空がしょっちゅう行き来するという印象もある。過去の回想も多いが、未来が入ってくるときもある。こうなってくると、あの人やこの人の物語だけでなく、あのときやこのときの物語まで描かれているので、読んでいると、一体これはいつの誰の話なのか、と混乱してしまうことがあった。

時空の移動で言えば、「結末をネタバレ的に挟み込んでくる」という手法にも驚かされた。単行本で言うと39巻で、唐突に物語の結末のような未来の様子が描かれる。一瞬、あれ、読んでいる巻を間違えたのかな、と錯覚するくらいだった。その未来のシーンでは、空の高校である九頭龍高校クズ高は、インターハイに行けないことがわかる。神奈川予選で負けている。しかも、一番盛り上がるであろう、優勝候補筆頭の宿敵、横浜大栄と戦って負ける、ということがわかるように描かれている。かつてスラムダンクで湘北が山王に勝利したとき、その後の試合の敗北があっさりと描かれる展開も意表をつかれたが、あひるの空における、もうすでに終わったあと、最終回の「その後」のようなシーンが先に描かれるというのも、さらに意表をつかれる展開だった。こんな風にして、途中で結末がわかるような未来が描かれ、再び「現在」に戻る。以降、ときおり未来のシーンが挟み込まれるようになる。

最初は、この手法に戸惑い、なぜこんな形にしたんだろう、という疑問もあったが、さらに読み進めていくと、なかなか面白い効果が出るように思えた。一つは、未来が入ったことで、まるで“現在”が、すでに終わった未来から振り返った“過去”のように思えること。僕は今、全てが終わった後から振り返った、思い出を読んでいるのだ、という感覚になる。もう一つは、終わりに向かっていく、という感覚がいっそう強くなって読み進めるので、どこまで続くのか、これからどんな展開が広がっていくのか、という通常のストーリーの歩み方とはまた違う印象を抱かせる。しかも、実際はどうかわからないが、僕の読む限りでは、登場人物たちも、この試合が最後なのではないか、横浜大栄戦で負けるのではないか、という予感を心のどこかで感じているように見えた。読者は「負ける」ことを知り、登場人物たちも、そのことをどこかで予感しながら一緒に進んでいくので、これはこれで不思議な演出効果があるのではないかと思った。切なさが際立ってくるのだ。終わりを予感しながら、終わりに向かってそれでも進んでいかなければいけない、というのは、現実世界でもあるように思う。

どんな狙いがあるのか、作者の考えはわからないが、あえて結末をネタバレ的に先に描く手法を取るということは、作者もだいぶ独創的で変わり者なのかな、などと思いながら読んでいた。信念の強い人のようで、自作の電子書籍に関しても、紙の本で読んでもらいたいから出さない、というようなことを書いていた。結局、出版社側からの要望なのか、電子書籍は販売されることになっているものの、相当こだわりの強い人なんだろうなと思う。

また、よく見ると、あひるの空の単行本の表紙絵が、35巻からなくなっている。表紙絵が、ものすごくシンプルに、文字と背景色だけになっている。

日向武史『あひるの空』〈35〉

なぜ表紙絵がなくなったかと言うと、これも、表面ではなく漫画の内容だけでいい、という作者の考え方が反映されているようだ。

いい機会だから説明する。 表紙を描かなくなったのは漫画だけでいいと思ったから。 物事を見た目や上辺や触りだけで判断するような人間が本当に嫌いだったから、その反動…というか”訴え”ですね。 漫画は内容だけで売れるんだって事を証明したかった。

そしてミスチルに対する憧れも大さじ3杯ほど。

日向武史(X)

こんな部分からも、作者のこだわりの強さや頑なさが伝わってくる。

そんなわけで、今出ている分は読み終わり、さて、続きはいつ頃出るのだろうか、と調べたのだが、そのときに初めて、あひるの空はもう長らく連載休止しているのだと知った。それから、ネット上では、この結末のネタバレ演出や表紙絵のことなどについても、(当然ながら)ずいぶん前に議論が起こっていたみたいだ。ようやく僕も現時点の最新刊まで追いついたので、だいぶ今更ではあるものの、あひるの空の作者に関するネット上の言葉なども読みながら休載を悲しんでいる。これは一体どんな風に終わらせるのだろう、というのを楽しみにしていたので、まさかずっと止まっていたとは。

連載休止の理由については、一応、体調不良というのが理由として挙がっているようだ。ただ、なんの病気なのかといった細かいことはわからない。数年にわたる長期の休載なので、もしかしたら精神面の問題かもしれない、といった声もある。いずれにせよ、この構成といい、出てくる台詞といい、葛藤や悩みの心理描写といい、登場人物たちを一つ一つ掘り下げようという意思といい、随所に見られる信念といい、性格的にも、とても繊細かつ完璧主義な面が強いのではないか、と推測している。これからどうやって完結に向かうか、どうやって最終回まで持っていくか、という辺りで、ペンが止まったまま、ということがあっても不思議ではないように思う。50巻の巻末には、作者の言葉として、次のように書かれている。

毎回毎回、もうこれで最後だと思いながらやって来ました。

今回の50巻もそう。実はこの巻には39巻の“あのシーン”まで収録して単行本は締めくくるつもりでした。
精神的な余力と身体の衰えは、もう自分が思い描いていた理想形に物語を運んでくれないと悟ったからです。

日向武史『あひるの空〈50〉』

自分の理想の形があり、しかし精神面や体力面で限界を感じている、という様子が伺える。なんにしても、続きはゆっくりと待ちたいなと思う。

 

なぜ「THE DAY」なのか

ちなみに、最初、51巻がなかったことから、50巻の続きが今は出ていないのかと思ったら、『あひるの空 THE DAY〈1〉』にタイトルの名前が変わっていた。このTHE DAY〈1〉が、現時点での最新刊になっている。特に、THE DAYになったからと言って、内容が変わったわけではなく、50巻の続きなので、52巻も、もし発売されるとしたら、『あひるの空 THE DAY〈2〉』という形になるのだろう。

なぜ、50巻でいったん仕切り直しをして、THE DAYになったのだろうか。考えられる理由としては、おそらく、内容が、負けると考えられる横浜大栄戦の始まりからなので、この最後になる特別な日を描く、ということから、「THE DAY」という形で分けたのではないかと思う。試合も、「さぁ、終わりを始めようか」という言葉で開始している。

日向武史『あひるの空 THE DAY〈1〉』

この言葉は、誰か登場人物の台詞というわけではなさそうだ。この直前にも、誰の台詞かわからない言葉が入る。

私たちの青春は
失敗と後悔の繰り返しだった

そしてその後悔を
今でも引きずっている

もしもあの日に戻れたとしたら

私たちの未来は
現在いまと変わっていたんだろうか

日向武史『あひるの空 THE DAY〈1〉』

この言葉は、作者の言葉であり、想いなのではないか。過去に、日向さんは、インタビューでも次のように語っている。

部活というか…中学のとき、つまらない理由でバスケ部に入らなかったことが大きいです。バスケをやりたかったのに…思い切りやれるチャンスを棒にふってしまったことをずっと後悔していました。高校を卒業してからスラムダンクでバスケ熱が再発して、仲間を集めてクラブチーム作って「本気でやりたい」と思ったときには、もう何もかもが遅くて…。そのときの想いを今まさに作品の中で昇華してます。

部活応援プロジェクト「YELL」

作者にとっては、自分のなかの掴み損ねた過去を取り戻すための『あひるの空』で、だから、終わらせることに、少なからず心理的に抵抗があるのかもしれない、などと想像したりもする。