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岡崎京子『リバーズエッジ』 感想と名言

岡崎京子と『リバーズエッジ』のあらすじ

岡崎京子さんは、東京都出身で、1963年生まれの日本の漫画家。漫画家としての活動を1983年に開始すると、作家性のある作品を発表し、高く評価される。しかし、1996年、夫と散歩中に、ひき逃げによる交通事故で重傷。事故の後遺症によって作家活動が続けられず、長期休養状態となる。漫画『リバーズエッジ』は、1993年から94年にかけて雑誌で連載され、1994年に単行本化される。全一巻で完結する単巻の漫画。全部で232ページ。2018年には、二階堂ふみさん、吉沢亮さん主演で映画化されている。

映画『リバーズ・エッジ』本予告

漫画『リバーズエッジ』のあらすじは、以下の通りとなる。

主人公の高校生ハルナは、母と団地で暮らし、同級生の観音崎と付き合っている。しかし、観音崎は子供っぽく、同じく同級生の山田のことをいじめる。いじめられっ子で同性愛者の山田は、あるとき、ハルナに「宝もの」として河原に放置された腐りゆく死体を見せる。この死体の存在を知っているのは、山田とハルナと、もう一人、モデルで同じ高校に通う吉川こずえだけだった。死体を見ることで、「勇気が出る」と山田は言い、「ざまあみろ、逃げ道ないぞ」とこずえは思う。誰もが、生きている実感のないまま、無機質な世界でもがいている。

河口にほど近く、広く、ゆっくりと澱む河。セイタカアワダチソウが茂るその河原で、いじめられっこの山田は、腐りゆく死体を発見する。「自分が生きてるのか死んでるのかいつもわからないでいるけど、この死体をみると勇気が出るんだ」。

過食しては吐く行為を繰り返すモデルのこずえもまた、この死体を愛していた。ふたりは、いつも率直で、「かわいい」ハルナにだけは心を許している。

山田を執拗にいじめ抜くハルナの恋人、一方通行の好意を山田に寄せる少女、父親のわからない子どもを妊娠するハルナの友人。それぞれに重い状況を抱えた高校生たちがからみ合いながら物語は進行する。

そして、新たな死体が、ひとつ生まれる。

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それぞれの生々しい「命」の経験を通し、若者たちの生きようとする切迫した姿が描かれる。

 

漫画の感想

この作品が出版された頃、僕はまだ子供で、読んだことがなく、それから時間が経って大学の授業で教わったのが、作品を知ったきっかけだった。そのときに『リバーズエッジ』を買って読んで以来、何度か繰り返し読み直している。若者たちの生きている実感のなさと、寂しげな川沿いの風景から、浅野いにおさんの『ソラニン』を思い出す。ただ、『ソラニン』よりも、もっと風景も暗く、傷だらけのように見える。

登場人物たちは、工業化された世界で、「命」の実感を失っている。そのなかで、彼らなりの生々しい「命」を探し、その象徴が、河原の死体だった。最初に発見した山田は、「自分が生きてるのか死んでるのかいつもわからないでいるけど、この死体をみると勇気が出るんだ」と言い、「宝物」と呼んでいる。同じように、この死体を大切にしているこずえも、普段、食べては吐いて、というのを繰り返す。ちょうど山田がハルナに死体を見せるシーンでは、別場面として、被せるようにハルナの恋人の観音崎が、ハルナの友人の小山ルミと薬物を使ったセックスをしているシーンが描かれる。ルミもまた、空虚感から、クスリや援助交際、激しいセックスを行っている。河原の死体も、摂食障害と嘔吐も、セックスも、生きていることの実感のなさを埋めようとする「命」の象徴なのだろう。

主要な登場人物のなかで、ハルナも同じように、生きている実感はないものの、死体に救いを見出すわけでもなく、セックスも試しに観音崎と行なったが、彼女にとって重要なものとはならない。学校の隅に棲んでいる子猫たちを眺めているときが、彼女の心を癒し、また、その猫の死骸を見たとき、今までのどんなときよりも悲しみ、涙するのだった。物語の最後では、山田の恋人の田島カンナ(山田が同性愛者だと知らず、嫉妬心や激しい愛情を募らせる)が焼死する。その後、一応の落ち着きを取り戻すものの、青春の葛藤に終わりがないように、特に解決が示されるわけでもなく、一時的に嵐が静まっただけのように見える。

ちなみに、田島カンナは、山田とハルナの関係を疑ってハルナの家に放火したあと、焼身自殺をする。それぞれが悲しみや満たされなさを抱えているが、カンナはだいぶ可哀想な存在だと思う。山田は同性愛者ということもあり、カンナのことを特になんとも思っていなかった。そのことをカンナは知らないので、素っ気ない態度の山田に、いつまでも想いが満たされず、また山田とハルナが二人でいる現場を見たり、噂話を聞き、どんどんと嫉妬心が膨れ上がっていく。結果、ハルナの家の放火を試み、自らも焼身自殺することになる。山田は、「死んだあとの田島さんのほうが好きだ」とハルナに言う。普通に考えたらだいぶサイコパスな発言ではあるものの、この心情も、少し分かるような気もする。

ぼくは生きている時の田島さんより、死んでしまった田島さんの方が好きだ。

ずっとずっと好きだよ。

生きてる時の田島さんは、全然好きじゃなかった。

自分のことばっか喋ってて、どんかんで一緒にいるといつもイライラしてた。

でも……黒こげになってしまった田島さんは……死んでしまった田島さんは、すごく好きだよ。

岡崎京子『リバーズエッジ』

とんでもないと言えばとんでもない台詞だが、『リバーズエッジ』の世界だと、それが自然にも思える。誰もが、「病んでいる」ように見えない。病んでいる世界が先にあり、その世界で真っ当であろうとした結果が、それぞれの「あの形」だった、というだけなのだ。だから、別に彼らは誰も「治癒」しない。ただただ、その世界で変わらずに生き続ける。こういう理由があって病み、こういう出会いや経験があって回復した、という話ではなく、率直な「むき出し」が描かれる、というのが、この漫画のよさだと思う。

 

平坦な戦場

漫画の終盤、ウィリアム・ギブスンの詩が挿入される。その象徴的な最後の一節が、「平坦な戦場で 僕らが生き延びること」。平坦な戦場で、僕らが生き延びること。岡崎京子さんは、『リバーズエッジ』のあとがきで、次のように綴っている。

海の近く。コンビナートの群れ。白い煙たなびく巨大な工場群。風向きによって、煙のにおいがやってくる。化学的なにおい。イオンのにおいだ。

河原にある地上げされたままの場所には、セイタカアワダチソウが生い茂っていて、よくネコの死骸が転がっていたりする。

岡崎京子『リバーズエッジ』

この「平坦な戦場」で、彼らが生きている。『リバーズエッジ』は、その生きている様を、生のまま描き出した漫画である。

 

作中の名言

以下、漫画『リバーズエッジ』に出てくる名言、名台詞を個人的に選んで紹介したいと思う。

 

あたしはまだ、人を愛することを知らない(ハルナ) – p32

主人公の若草ハルナの台詞。恋人の観音崎と喧嘩になり、その後、学校の校庭の隅にいる猫にミルクをあげながら、そう思う。観音崎とは、昨年初めてセックスをした。セックスというものに興味があり、試しに行ってみた、という感覚に近く、冷静に分析し、「想像していたのよりたいしたことない」とハルナは思った。愛とはなんだろう、という疑問のなかで、猫たちを見ながら、ハルナは、観音崎や山田や友人や母親よりも、「こういうもの」のほうが好きかもしれない、と思う。

 

自分が生きてるのか死んでるのかいつも分からないでいるけど、この死体をみると勇気が出るんだ(山田) – p60

山田が、ハルナに、自分だけの「宝物」として河原に放置された死体を見せたときの台詞だ。ぼこぼこにされていじめられたとき、河原で泣いていたら、偶然見つけたという死体。その死体を見ると、ほっとする、と山田。生きている実感の湧かないなかで、目の前に存在する「死」に、山田は安心感を覚える。

 

性的なもんてそこに欲望が起こらないときには限りなく不思議なくらいコッケイだな(ハルナ) – p75

観音崎に、「キスしろ」と命令され、仕方なくしたあとのハルナの台詞。ハルナは、生々しい「性」や「命」に対し、嫌悪感を持っているように見える。のちに、猫の死骸を見たあと、弁当に入っていた肉料理を見て吐く。生きていることと繋がった生々しい命ではなく、スーパーに並ぶスライスされた肉が工場で造られていたらほっとする、とハルナは思う。

 

世の中みんなキレイぶってステキぶって楽しぶってるけどざけんじゃねえよって

ざけんじゃねえよ いいかげんにしろ あたしにも無いけど あんたらにも 逃げ道ないぞ ザマアミロって(吉川こずえ) – p109

普段モデルの仕事を行っている吉川こずえが、初めて河原の死体を見たときに、こう思ったとハルナに告げるシーンの台詞。山田にとってだけでなく、こずえにとっても死体は「宝物」だった。

 

電波のように 空気の中に見えない何かが飛びかっている 愛やら 悪意やら 諦めやら 執着やら 目に見えない感情の念波(ハルナ) – p144

こずえが、二人が可愛がっていたと知らずに、てっきり喜んでくれると思ってハルナに猫の死骸を見せたあと、ハルナが吐き、泣きじゃくりながら思うこと。決壊したようにハルナは泣く。両親が別れたときよりも、おじいちゃんおばあちゃんが死んだときよりも強く、吐くように泣いた。こずえはその様子に驚き、「ごめん、泣かないで」と謝りながら、ハルナの涙を舐めるように頬に舌で触れる。

 

山田君に秘密を一つもってしまって苦しい あたしは単純な人間だ そういうのは荷が重すぎる 他の人はどうやって自分の秘密と付き合っているんだろう?(ハルナ) – p160

猫が死んでしまったことを、ハルナは山田には言えず、山田は、「ネコ、どこ行っちゃったのかな? 大きくなったから独立しちゃったのかな?」と言う。その言葉に、「きっと、多分そうだと思う」とハルナは嘘をつく。その秘密を持ってしまったことを、ハルナは苦しく思う。

 

あらかじめ失われた子供達、すでに何もかも持ち、そのことによって何もかも持つことを諦めなければならない子供達。(作者のあとがき) – p234

漫画のあとがきで、作者の岡崎京子さんの詩のようなエッセイのような文章が載っている。これは、その一節である。岡崎京子さんは1963年生まれなので、この漫画が描かれたとき、年齢は30歳くらいということになる。