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すべてがちょっとずつ優しい世界

漫画『すべてがちょっとずつ優しい世界』は、2011年の東日本大震災を機に手がけられた作品で、2012年に出版された、全部で224ページ、一巻で完結する短編の漫画だ。作者の西島大介さんは、東京都出身。1974年生まれの漫画家、イラストレーターで、別名義(DJまほうつかい)では音楽も製作している。

静寂と闇に支配された小さな島の小さな村。「くらやみ村」と呼ばれるその村は、夜が明けず、収穫はわずか。年に一度のお祭りを祝うにも楽器すらない。誰からも忘れられたその村にある日、街の人がやってきた。村に光をもたらす「ひかりの木」を植えないかと……。

「I Care Because You Do」で自身の過去を色濃く反映した西島大介が、震災を期に手がけた本作。語りえぬものに対して、それでも人は向き合っていく。

西島大介『すべてがちょっとずつ優しい世界』講談社コミック

週刊少年ジャンプやサンデー、マガジンといった少年漫画で育った僕にとって、漫画と言えば長編で、巻数の多いものだった。一方、どこか大人っぽい世界観で芸術性を重視したような漫画は、一巻ないしは二巻くらいで完結するような短編漫画といった印象があり、この西島大介さんの『すべてがちょっとずつ優しい世界』も、一巻で完結する詩的な短編漫画の一つだ。個人的な体調などを考えても、今から長編の漫画を読み始めようという気持ちにはなかなかならなかったこともあり、文学なら短編小説や詩、短歌などで、漫画もなるべく短いほうに興味が向くことが多かった。

この漫画を知ったのは、ある雑誌だった。好きなミュージシャンや表現者が、自身の好きな作品を紹介している特集などが昔から好きで読むことがある。なんの雑誌だったかはよく覚えていないが、その特集で、青葉市子さんが紹介していたことから、絵の雰囲気や「すべてがちょっとずつ優しい世界」というタイトルに惹かれた。青葉市子さんと西島大介さんは、その後、タイトルと同名のイベントも開いているようだ。

すべてがちょっとずつ優しい世界(西島大介 detune. 青葉市子)

漫画の舞台は、小さな島の小さな村。くらやみ村、という静かで寂しい世界だ。その村に、あるとき、街の人が訪れ、くらやみ村に、「ひかりの木」を植えないかと提案する。幻想的な童話のような話が展開される。絵は簡素で、ストーリーも淡々と進んでいく。キャラクターの造形も、妖精のような不思議さを湛え、人間とも動物とも言えないような親子が主人公となっている。この主人公らしき親子以外にも、村人が数人登場する。ムーミン谷のような世界でもある一方で、もっと寂しく、ひっそりとしているように思う。作中に、個性的でユニークなキャラクターがたくさん登場したり、それぞれが性格に合った印象的な名言を残す、といった雰囲気でもなく、もっと静かに物語は進む。

くらやみ村には、ほとんど光がなく、寂しい世界で、それでも村人たちは、その寂しさを抱えながら、幸せに生きている。そこへ、街の人が、「ひかりの木」を植えないかと提案してくる。その街の人も、決して暴力的に、村人の意向を無視するように「ひかりの木」を植え付けるわけではなかった。最初、村人たちが「要らない」と断ると、街の人も、すぐに了解する。「みなさん、この村を大切にしている。それは僕たち街の人間が失ったもの。よい村ですね、ここは」と言う。しかし、その後、結局「ひかりの木」は植えられることになる。その「ひかりの木」は、村に光をもたらすが、同時に奪っていくものもある。でも、誰かが悪いわけではなく、それゆえに悲しく、優しさによって生じるからこその切なさもある。そして、またそれゆえに、最後は救いももたらされる。読み終わったあと、『すべてがちょっとずつ優しい世界』というタイトルが、静かに沁みる。

そう言えば、ちょっと根底に流れるものは違うが、アンデルセンの童話『影』も連想させる。あれは、主人公の学者が「光」を求め、強大化した「影」に復讐される物語だ。暗く、おぞましい話で、その物語と比べると、この『すべてがちょっとずつ優しい世界』は、もっと優しく、切ない物語となっている。

それから、この漫画と関連し、公式の作品集も出版されている。西島さんの初の作品集で、漫画『すべてがちょっとずつ優しい世界』のなかに描かれる「くらやみ村」の住人たちを描いた画集となっている。描き下ろしのイラストが20点以上あり、また単行本未収録の16ページの漫画作品も収録されている。巻末には、美術評論家の松井みどりさんの解説が記載され、あとがきには、作者本人の文章も載っている。作品の一つ一つが、まるで一枚の絵画作品のようで、それぞれに『よこたわるぼうや』や『ねずみとおんぶ』や『かぼちゃさん』といった題名がついている。漫画の世界観そのままに、静かでほのかに寂しく、でも、温もりのある画風の絵が、可愛らしく、凝った装幀の本に纏まっている。大きさも18cm×18cmとちょうどよく、画集としては小ぶりなサイズで、紙質もよく、素敵な作りになっている。漫画を読んでから見るのはもちろん、単純に絵だけでも可愛い本だと思う。『よこたわるぼうや』は、優しいような、寂しいような目をしている。なぜだろう、儚い、くらやみ村の人たちの表情を眺めていると、少しほっとする。