スリーポイントが入らないときでも打ち続ける富永のメンタルの強さ
僕は学生時代、バスケ部だった。小学校3年生の頃から始めて、ポジションはずっとシューター。割と最初のほうで、自分はシューターになりたいと思うようになっていた。漫画のスラムダンクで言えば、三井寿のポジションだ。ただ、僕は三井寿よりも、海南の神宗一郎の方が好きだった。一人で黙々と練習をし、美しいシュートフォームで、美しい孤を描き、ネットに吸い込まれていく、そのシューターの生き様がかっこいいと思った。
僕のなかでは、子供の頃から、バスケが好きというよりも、バスケの「美しいシュート」に惹かれ、特にミニバスの頃は学校から帰るとすぐにボールを持って校庭に戻り、しょっちゅう一人でシュート練習をしていた。練習というより、遊びのような感覚だった。
ただ、中学生の頃から不登校になり、部活も学校も行けなくなった。それから、まだしばらくはバスケとの距離は近かったものの、大人になると、持病の悪化などもあり、段々とバスケもできなくなった。バスケ関連の情報や映像なども次第に見ることは少なくなっていった。それでも、シューターというポジションに対するこだわりは不思議とずっと残っていた。
バスケを見ることは少なくなったが、とは言え、完全にゼロになったわけでもなく、大人になってからも、ときどき地元の中学や高校のバスケの結果をチェックしたり、YouTubeでミニバスの試合動画を見たり、日本代表戦もワールドカップや五輪など世界大会は観ていた。
最近も、日本など3カ国で開かれているワールドカップで、ドイツ戦、フィンランド戦、オーストラリア戦を観た。大会前に、今は代表にどんな選手がいるんだろうということで調べてみると、シューターのポジションに富永啓生という選手がいた。アメリカのネブラスカ大学に通っている大学生とのこと。僕はよく知らず、彼のシュートの動画を見て、一瞬で惹かれた。ものすごく美しかった。
しかも、ただ美しいだけではなく、ディープスリーと呼ばれる、スリーポイントラインよりさらに遠くから決めるスリーポイントシュートを武器にしていた。ディープスリーは、高校生の頃から練習していたようだ。彼がディープスリーを決めると、会場が一気に湧き上がった。単なる数字上の「3点」という以上に、ぐっと流れを引き寄せる力があった。彼のシュート映像は、見ているだけでも気持ちがいいものだった。
Relive Keisei Tominaga’s Breakout February | Highlights from Every Game | Nebraska Basketball
もちろん、成功率もすごかった。YouTubeに、ノーマークの状態でスリーポイントシュートが100本中何本入るかという成功率検証動画があり、富永選手は、90本以上決めていた。化け物だ、と思ったが、化け物と表現するにはあまりに繊細で軽やかだった。そもそも、普通に100本打ち続けると、後半では多少疲れも出てくるだろうに、ほとんど疲労を感じさせずに、淡々と決め続けた。日本だけでなく、世界でもこれほど決められる選手はなかなかいないのではないだろうか。
別のインタビューか何かで、富永選手が、シュートを打つ際のコツのようなものとして、ボールは常に縫い目に沿って指をかけるように持って打っている、という話をしていた。確かに、僕も余裕があれば、そういう風にしてボールを持つことはよくある。なぜ縫い目を意識した持ち方がいいのか、理由はよく分からないが、シュートが打ちやすく、回転がかかりやすいからか軌道も安定するのではないかと思う。僕自身、シュートを打つときは、特に誰かに教わったわけでもなく、なるべく縫い目に合わせて持つようにしていた。家にボールがあるが、今でも、ボールを持ったら自然とそういう持ち方になる。ただ、余裕があるようなら、そういう持ち方をするにせよ、富永選手の場合、そういう持ち方以外ではこれまでシュートを打ったことがない、というような言い方だったので、相当に「ボールの持ち方」の部分にこだわっているのだと思う。
あのクイックモーションで打ちながら、かつ受け取ってから縫い目を意識して瞬時に持ち変える、ということが徹底されているのが、本当に凄い、と思う。それほど、この縫い目に合わせてボールを持つという部分は、富永選手のスリーポイントの精度における生命線になっているのだろう。この辺りは、ありふれた表現になるが、よほど「ボールと友達」でないとできないような気がする。富永選手は、父親も元バスケットの日本代表選手で、母親もバスケット選手だったので、1歳くらいの頃からずっとボールやゴールとは親しみがあったようだ。この経験というのは相当に大きかったのではないかと思う。
縫い目と回転がよくわかる、富永啓生選手の練習風景
また、ある動画では、富永選手が、シュートフォームに関して重要なポイントとして、「膝と肘の連動性」を挙げていた。手だけで無理やり打つのではなく、下半身を使って、その連動性でシュートする。それから、「フォロースルーは、リングに向けて、シュートを放つ。フォロースルーは残す」こと。ディープスリーの場合は、膝などの沈み具合で調整していると言う。内容は、物凄く基本に忠実で、かつ徹底して体に染み込んでいるからこそ、あんな風に多少姿勢が崩れても芯の部分が崩れないシュートフォームに繋がっている面も大きいのではないかと思う。
欧州勢からの歴史的な一勝と言われるワールドカップのフィンランド戦でも、富永選手は、流れを大きく変えるスリーポイントシュートを決めていた。球技というのは、面白いものでちゃんと「流れ」がある。こう着状態で、地道な作業をしながら踏ん張り続け、流れが変わるのをじっと待つ、というようなこともある。だから、地道に踏ん張り続けることも大事だし、流れを見極めることも重要になってくる。それから、流れを一気に持ってくるプレーというのもある。富永選手のスリーポイントには、先ほども書いたように、その流れをぐっと引き寄せる力がとても強いように思う。
フィンランド戦では、20点差目前という18点差から、後半で一気に逆転まで持っていった。流れを変えたプレーの一つが、富永選手のスリーポイントだったように思う。そういえば、ちょっと話が逸れるが、誰かがX(旧Twitter)で、日本人はスラムダンクのおかげで20点までなら逆転できるというイメージが刷り込まれている気がすると呟いていた。確かに、スラムダンクと言えば、20点差というのがキーワードになってくる。
フィンランド戦では、重要な活躍をした富永選手だったが、予選突破をかけた強豪オーストラリアとの戦いでは、全くの不発だった。ときどき、スリーポイントと見せかけてフェイクをかけ、内側に持ち込んでいってシュートを決めたり、効果的なアシストをするなど、スリーが入らないなら入らないときなりの工夫はあったが、シューターとして重要なスリーポイントは1本も決まらなかった。10本中の0本だった。落胆の声も大きく、確かに、相手との点差や試合の流れを考えると、富永選手がもうちょっとスリーポイントを決めていたら、全く違った展開になっていたかもしれない。
ただ、個人的に感動したのは、富永選手が、「外しても外してもシュートを打ち続けたこと」だ。シューターというポジションは、スリーポイントを決めることが何よりも求められている。だから、自分が何本か外したり、他の選手が決めていると、また外したらどうしよう、というプレッシャーが倍々に膨れ上がり、自分は打たないほうがいいんじゃないか、といったメンタルに陥る。
僕は、学生時代そういうタイプだった。最初に二、三本連続で外すと、もう今日はやめておこうかな、となる。でも、実際は、相手が多少なりともこちらのシュートを意識し、シューターとしてコートに立っている以上は、打ち続けることが重要なのだと思う。そして、富永選手があの大舞台で見せた、外しても外しても打ち続けた姿勢に、かつて臆病なシューターだった僕は甚く心を打たれた。
もともと、過去にバスケで辛かったことは一度もない、シュートが大好きだから、と話していた富永選手。さらに、アメリカに行ってメンタル面の強さも手に入れたようだ。
アメリカで得たのは、”打ち続ける”という強いメンタルだと話す富永啓生選手。練習が、ミニバスでやるような基本的な練習が多いことにも驚いたそうです。自分でやる時とやらない時のメリハリを持つのが日本人チームメイトの特徴。しかしアメリカの選手は”俺がやる”という気持ちが何よりも強く、もちろんメンタルの強さも筋金入りだそうです。その性格の違いに特徴が現れるのは、シュートが入らないスランプのような時。シュートが入らない時に日本人選手は、遠慮しがちになります。それに対してアメリカ人選手は、どれだけ外してるような状況であってもシュートを打ち続けるのだそうです。どちらの方が良いのかは、結果的に勝敗がつかないと分かりません。
もちろん、シュート成功率が下がっている自分よりも「他の選手が打つ方が良い」と遠慮がちになるのもチームプレーする上で必要な判断です。しかし理想は、どの選手であってもディフェンスを抜いてチャンスがあればシュートを積極的に打てること。結局、スランプの選手も自分自身で乗り越えないとチームの勝率が下がります。場合によっては、その試合時間内に”シュートが入らないスランプを抜けないと勝てない”厳しい戦いもあります。通常の精神力であれば、そのような厳しい状況で「次は入る。こうすれば入るかもしれない」とポジティブに考えることは難しいものです。しかし強いメンタルを持っていれば厳しい状況を乗り越えることができ、時間内にスランプを抜けて勝利に繋げることができるのです。
自身の性格について”強い相手になればなるほど燃えるタイプ”だと話す富永啓生選手。世界でもトップレベルのチームに良いパフォーマンスができたことで自信を得たのだそうです。
大会前にも、富永選手は、「シューターがシュートを打たなくなったらチームにいる意味がなくなってしまう」と語っていた。
もし今の自分が、学生の頃の自分の監督なら、もともと練習の段階で入らなかったり、明らかに調子が悪いときは別にしても、シューターとして存在している以上は、自分のリズム、自分の姿勢を崩さずに、チャンスがあったら打ち続けること、それだけで十分なんだよ、ということを伝えていただろうなと思う。